1970〜90年にかけてアメリカのテレビで大々的に放送された公共広告は、薬物使用による有害な結果を警告した。放送されたコマーシャルでは、俳優に精神病の発作が起こった事を描写させたりして、薬物が精神衛生と脳にどれほど有害かを示した。

薬物は嗜癖性があり使用者の健康に有害であることは明らかだが、特にリゼルグ酸ジエチルアミド(Lysergic Acid Diethylamide:LSD)に関する脳の働きへの理解は、現状幻覚剤の違法性と研究資金不足のために限られている。

故フランシス・クリック(二重螺旋構造の発見者)、ビル・ゲイツ(Microsoft創業者)、故スティーブ・ジョブズ(Apple創業者)らの成功とLSDの啓発的経験を結びつけたくなるが、LSDが人間の脳へどのように影響するかをより深く理解するための研究機会は非常に限られている。

LSDの発見

歴史的に重要ないくつか発見と同様に、LSDも偶然発見された物質だ。1930年頃、研究者たちは麦角菌の医学的利用の可能性を探していた。その試みの中で、化合物を単離したものをリゼルグ酸と名付けた。研究者の1人であるAlbert Hofmann(アルバート・ホフマン)が呼吸器疾患の患者に対して呼吸を助ける刺激薬を開発しようとしていたとき、リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)を合成するに至った。

動物を用いてLSDを試験したところ、薬剤には医療目的での使用がほとんど期待できないと判断されたため、研究は中止された。数年後の1943年、ホフマンは化合物を合成した研究に戻ったの際、偶然にもLSDを体内に入れてしまった。ホフマンはLSDを結晶化させるときに、指先のから吸引したと考えられている。当時の事について、彼は次のように報告している。

「家で横になったとき、不快ではない酔っ払いのような状態になり想像力が非常に刺激された。夢のような状態になり、目を閉じると日光が不愉快に輝いているのを感じた。途切れることのない幻想的な映像が流れ、激しい色の万華鏡のような何か並外れた状態を私は感じた」

Albert Hofmann

この経験に興味をそそられたホフマンは、意図的にLSD 250μg(これが非常に強力な投与量であることをほとんど知らなかったらしい)を服用し、その精神変容特性を再び体験した。

LSD

その後、ホフマンらはLSDがヒトに及ぼす強力な影響を確認したと発表した。数年後、研究者たちはセロトニン分子を発見し、LSDと非常によく似た分子組成を持つだけでなく、同じ脳部位の多くと競合することに気づいた。この興味深い発見により、1950年代半ばから60年にかけて、研究者たちはLSDを含む幻覚作用のある薬物を数先人の健康なボランティアや精神疾患患者に投与するようになった。

The real promise of LSD, MDMA and mushrooms for medical science

研究期間中、何十もの科学雑誌が幻覚剤を摂取する事によりトークセラピーが非常に効果的にあることを示唆する内容を掲載した。特に、以前は治療できなかった強迫性障害(OCD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)、摂食障害、不安、抑うつ、アルコール中毒、ヘロイン依存症の患者は、トークセラピー単独よりも、LSDの投与とトークセラピーにより良好な成功を経験していたことが研究で明らかになった。

*トークセラピーは心の重荷になっている事柄を言葉で取り除くというもの。第三者に話すことで冷静に自己を見つめ、自身では気づかなかった心の病への対処方法がわかる(大和薬品株式会社)。

サイケデリック物質の有望な結果が研究分野を魅了したにもかかわらず、メディアがサイケデリック物質に注目したのは、緊急治療室に運ばれた事、自殺、殺人、先天性欠損症、染色体の損傷に関する報道だった。

報道のうちのいくつかは幻覚剤の効果が大幅に誇張されているが、LSDについて理解していない状態で大量に使用すると幻覚剤持続性知覚障害(HPPD)が引き起こされ、昏睡、高熱、出血を誘発する。

1970年、このような世論であったことから、米議会はLSDなどの幻覚剤使用を禁止するための規制物質法を可決した。LSDの違法化で研究費へアクセスできなくなったため、研究者は実験を断念せざるを得なくなった。

違法化にもかかわらず、多くの人々は何十年にもわたってレクリエーションや治療目的でLSDを使い続け、「独自の研究」を行った。事例証拠の大規模な報告書である「trip reports」は、今日シリコンバレーで働く多くの技術労働者(プログラマー)に、仕事をする前に少量のLSDを服用することを促している。

LSDの典型的な用量は30〜100μgであり、多くの人は3〜10μgまたは1.5〜4μgという少量な範囲で服用している。マイクロドーズ(サイケデリックドラッグを少量服用すること)は、軽度の多幸感、エネルギーの上昇、洞察力の向上などと身体への悪影響が非常に弱いため、実際に人々は「トリップ」しない。

*ドラッグを服用した後の効果をグッドトリップやバッドトリップという。

とはいえ、LSDの服用者は幻視や幻聴を経験したと報告することなく、適度に機能(生活)している。また、プログラマーらは思考がより明確になり、創造性と生産性の向上を経験したと報告する傾向にある。でも、それはなぜだろう。

最新の研究

現在、LSDの研究はほとんど廃れてしまったが、最近の研究では、最新の神経画像技術を用いてLSDの神経相関を調べることによって、世間の関心を新たにした。最新の試験は、被験者20人にプラセボまたはLSD 75μgを服用させ、Arterial spin labeling (ASL)、Blood oxygen level-dependent(BOLD)、およびMagnetencephalography(MEG)を実施した。

これらの神経画像技術によって、研究者らは被験者の脳のどの部分がLSDを服用したときに活性化されたのか、どの程度活性化されたのかを調べることができた。研究者らが発見したことは、プラセボ対照群とは異なり、LSDの影響下にある群では、視覚、注意、運動、聴覚に関与する脳内ネットワーク間の接続性が高いことを示した。

*プラセボ(偽薬)は、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。成分として少量ではヒトに対してほとんど薬理的影響のないブドウ糖や乳糖が使われることが多い。プラシーボ、プラセボともいう(ウィキペディア)。

Differences in activation between participants on placebo and those on LSD. Image from Carhart-Harris and colleagues

LSDが脳の感覚領域間の結合性を高めることによって創造性を高める可能性があるという知見は、感覚処理と創造性の間に何らかの関連性を見出した他の研究の知見と類似している。

特に、いくつかの証拠によれば「漏洩感覚ゲーティング」と呼ばれるものを持っている(無関係な感覚情報を抑制することが困難である)個人は、生活の中で創造的な結果を達成する可能性が高いことを示している。

おそらく、自然発生的に多くの感覚情報を処理する人々は、同様の環境からでもより多くの刺激を取り入れることができ、そのことが情報間の遠隔接続を行う能力を高めると考えられる。

これが実質的には創造性へつながるということだ。このことを考慮すると、感覚系の増加を示すLSDの研究結果は、LSDが制限的な思考を克服させるという「マイクロドーザー」の逸話と対になり、LSDが何らかの形で漏洩感覚ゲーティングを引き起こす可能性を示唆している。

しかし、この仮説はまだ検証されていない。

*ペンがカチカチ鳴る音、人参をかじる音、呼吸など、ごく小さな日常音は、知能が高い人にとってやたらと気を散らせる原因である可能性がある。外部の雑音をシャットアウトできないことを、”漏洩性(leaky)”の感覚ゲーティングという。マルセル・プルーストからチャールズ・ダーウィンまで、多くの天才がこの症状を有していたことで知られている。漏洩性感覚ゲーティングは創造性との関連性が指摘されている。関係ある感覚情報と無関係の感覚情報を組み合わせることで、独創的な認知が生み出されるというのだ(全部当てはまったら天才かも?紙一重、天才が変人である10の理由)。

興味深いことに、制限された思考の分解にLSDが関与しているという考えは、不安や依存症の治療に関する他の研究でも提起されている。別の研究では、生命を脅かす疾患を有する10人のボランティアが12カ月間LSDによる精神療法に参加した。1年間後、不安および持続的な心理的変化についてState-Trait Anxiety Inventory(STAI)および半構造化インタビューを介してテストされ、10人の参加者が不安の減少(77.8%)および生活の質の向上(66.7%)と関連する、信頼の再構築、状況理解、感情習慣、および世界観などのカタルシスで洞察力のある経験を報告した。

嗜癖に関して、研究者らはアルコール依存症治療におけるLSDの臨床的有効性を評価するため、ランダム化比較試験のメタ分析(多くの異なる研究からの影響を調べる分析)を実施した。メタ分析は合計536人の参加者を含む6つの研究から構成され、LSDの単回投与がアルコール治療プログラムと併用した場合、アルコール治療プログラム単独よりも速い速度でアルコールの服用を減少させるという証拠を示した。どちらの場合も、LSDは制限された思考を分解し、個人の自己実現と苦悩の克服を支援すると考えられている。

管理された治療環境でのLSD投与は生産的なものであり、永続的な利益を生み出すことができるように思えるが、正確性を確認するためにはさらに詳細な研究が必要である。

サイケデリック物質の研究は長い間休止してきたが、今後は多くの結果が出る見込みがある。Beckley Foundation(ベックリー財団)の研究者らは最近LSDの研究を開始し、動的レパートリー再編成、意味的活性化、人格変化、デフォルト・モード・ネットワーク、グローバルな機能的連結性の増加、示唆性の増加に関するLSDの関与を発見した。

Beckley Foundationは、気分、認知機能、創造性、一般的な福祉に対する効果を調べる世界初のLSDマイクロドージングの研究も開始する予定である。最終的なこの種の研究の焦点は、脳と心についてより多くのことを学ぶ可能性を示し、サイケデリック物質によってもたらされる精神状態の変化が、どのようにして精神的、感情的、そして個人的な成長のためのツールとして使われるかを示すことだ。

原文:Psychology In Action

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